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封印されていた過去の負の記憶

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カーネーションの花

自分の中に、得たいの知れない負の感情が根強くあるのを感じていました。

الحمد لله

いい人たちに囲まれて、幸せな状況にあるのに、なぜか?

それも結構長い期間、です。

大学に入った20歳くらいのころから、寝ていて、夢の中で激しい怒りを感じ、自分の怒鳴り声で目を覚ますことがよくありました。

心臓はバクバク、でも何に対して怒っているのかよくわからない、日常生活の中にそこまで大きなストレスがあるようには思えない(細かいものはいっぱいあるにしても)。

その都度、ストレスを溜めすぎないようにとかリフレッシュして、とか、いろいろなことをしてはぐらかしてはきましたが、深いところに残っていて消えない。

本当になんなんだろう?と思っていました。

また、誰かの態度や発言で、異常なくらいの怒りを感じる自分に気がついてました。

確かに相手の態度が人を見下していて横柄であるとか、他人を傷つけたり足を引っ張るようなことを言っているとか、自分が不快感を覚える原因には思い当たるのですが、なんでここまで怒りの感情が強いんだろう?と疑問に思っていました。

1ヶ月ほど前、久しぶりに例の怒りの夢を見ました。

夢の中でどこにいたか?

小学校の教室。

思い出しました。

自分の怒りの根源、それは、小学校時代のことでした。

おそらく当時、少年による連続殺人事件か何かがあり、ニュースになっていたと思います。

帰りの学活で、教師が話している最中によそ見をしていたか、何か面白いことを思い出してにやけたかしたのだと思います。

それを見た教師は、全員の前で、「優太君のような頭のおかしい子が、将来連続殺人を犯すような人間になるから気を付けなさい!」といった主旨のことを言いました。

まだ小学校低学年。ほとんどの子どもはよく意味を理解していなかったと思いますが、一部の子からとてつもなく軽蔑した視線を送られ、自分が極悪のレッテルを貼られたことを感じました。

子どもたちにとっては、その教師の言ったことが「真理」だということになります。

そのときは目に涙を溜めて、なにもせずにじっと黙っていました。

感情的になって反論したら、「ほら、だからこいつは危険なんだよ」となるのが読めていたからです。

夢の中でそのシーンが繰り返され、その教師を怒鳴るということを繰り返していました。

「お前のような教師が、異常な人格の犯罪者をつくりだしてるんじゃないのか!」という、当時表に出せなかった強い怒りです。

ちなみに、その教師はすでに亡くなっています。

当時、その教師が泣いたのを一度だけ見たことがあります。

クラスメイトの一人が、教室でサッカーボールを蹴ってガラスを割ったときです。

「私が受け持ったクラスで、こんなことは初めてだ…」と。

小学校低学年だった当時の自分にもはっきりわかりました。この教師、ほかの教師や保護者からの評価が全てなんだろうなと。

初めて出会った学校の教師、「教師・大人って、こういう奴らなんだな」という観念ができあがりました。

実際、教師の「右向け右!」の号令に少しでも遅れれば殴られ、蹴られました。

音楽会の練習(ほかのクラスとの合同練習)の際、ステージの上でリコーダーを落とす子がいると全員覚えていて、合同練習が終わった後に殴られました。

手ではなく耳を引っ張って別の場所に連れて行かれ、張り倒されたり頭を殴られたりということがありました。

私は泳げなかったのですが、水泳の授業にはプールの中に投げ入れられました。

あの頃は学校にいくのがイヤでイヤでたまりませんでしたが、自分がそんな話をしても、誰からも信用されず、自分が「頭のおかしい子」として異常視され、ますます居場所がなくなるんだろうな…と先読みしてしまっていました。

保護者の前では温厚なベテラン教師だったので。

当時同じクラスで、中学時代に仲が良かった友人の一人も、その教師にトラウマがあると言っていました。

確か、「姿勢が悪い」と言われ、イスにガムテープでぐるぐる巻きにされていました。

4年前に祖父が亡くなったとき、母の実家の近所のおばさんと、その教師が亡くなったことを話題にしました。

そのおばさんの息子も、同じ教師に教わっていたことを知っていたからです。

そのおばさんの顔が曇ったのが印象的でした。

息子が鼻歌を歌って歩いていたら、気に入らなかったらしく、いきなり殴られたと言っていた…とか。

自分が小学生の当時、そのおばさんとその教師について話したことがありました。

「私の息子も先生に殴られて帰ってきたよ。だから、『それは愛のムチだよ』って言ったんだけどね」と、当時は顔を曇らせずに話していたと思います。

恐らく私やこの人たちだけじゃないんだろうな…と思います。

高学年になってクラス替えがありました。

それ以降、教師から体罰を受けることはありませんでした。

また、小学6年の社会科で「基本的人権の尊重」や「子どもの権利条約」について知ったとき、「こんなものがあるのか!?じゃあ、自分が味わったあれはなんだったんだ!?」と気が抜けたのを思い出します。

冷静に振り返るとすごく強烈なできごとだったはずなのに、なぜか思い出せずに封印されていました。

その教師とも、毎年年賀状を交換したり、高校受験や大学受験に合格したタイミングなどでは電話で伝えたりしていました。

昨晩、母と電話で話した際に、突然このことを思い出し、伝えたくなり、話しました。

びっくりしていました。

「お前、その先生と仲良くしてたじゃん…そんなことがあったのに!?」

もしかしてストックホルム症候群か?と思います。

銀行強盗に人質にされた女性が、強盗に深い愛着を覚えて結婚してしまうというような話だったと思います。

自分を危険にさらしたり傷つける相手に対し、自衛のために親しさや愛着を感じ始め、仲良くしようとする…みたいなことです。

振り返ってみると、その後も、なぜかやばい人(騙す、怒鳴る、脅す…などによって人を都合良く動かそうとする類いの人)と付き合ってしまい、そこから抜け出せない…という状況が何度かあったように思えます。

しかも、その種の人から承認されることを目指していたようにも思えます。

初期のころにやばい人に出会ってしまうと、人を見るセンサーが狂ってしまうということでしょうか…。

妻と母に話したことで、1つの過去のできごととして消化されたような気がします。

誰にも言えない、理解されない、言ったら自分の居場所が奪われる…と思って沈黙していた当時の自分の感情が、自分以外の誰かに初めて受け入れられたような気がしています。

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