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『クルアーン入門』を読了──無知の知を知ることが入門にふさわしい!?

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.السلام عليكم

.عيد مبارك

『クルアーン入門』と『イスラーム入門』

ちょうどラマダーンに入った頃、Twitterで『クルアーン入門』という本が出版されたのを知り、取り寄せて読んでみました。

500ページほどの分厚い本でしたが、平易に書かれており、すらすらと読むことができました。

イスラーム入信前から作品社『日亜対訳クルアーン』を読み、入信後はプレゼントしていただいた日本ムスリム協会『聖クルアーン』を読み、ラマダーン月に入ってから再び作品社『日亜対訳クルアーン』を読み進めているというタイミングでした。

デッサンで線を重ねるように、本当に少しずつ少しずつ、何かがぼんやりと見えてくる感覚はありましたが、とても「何かが分かった」という段階には届き得ていませんでした。

読めば読むほど「こんなことが書いてあるとは前回気がつかなかった」という内容に出会い、その間の自分の経験や世界で起きていること、読んだ本で得た知識などと関連付けられ、新たな像のようなものが見え隠れするような感覚です。

最初に読んだ時には何かが分かったかのように錯覚していましたが…。

クルアーンを読む上で、

  1. クルアーンはアッラーの言葉である
  2. クルアーンはアラビア語で書かれている
  3. クルアーン解釈には多かれ少なかれ人間の理性による思考が入り込む

という3つの認識があり、3.はさらに、「他者による思考」と「自分による思考」に分割できると考えています。

クルアーンを読み違えるとすれば、それは3.の段階においてであり、理想を言えば、アラビア語(それは日本語や英語などとの一対一対応の翻訳ではなく、亜亜辞書・イスラーム知識の概念世界から獲得されたアラビア語)を学び、原文と複数の解釈・翻訳を切り離して後者をできるだけ客観・相対化しつつ、参照していくということが求められるでしょう。

途方もなく感じられます。

ただアッラーはわれわれのために易しくしてくださっていること、無理なことは背負わされないということも知っているので、できる限りの努力をしつつ、読み込んでいきたいと考えています。

.انشاء الله

そんなスタンスでクルアーンを読んでいる最中に、『クルアーン入門』が自宅に届きました。

少し前に読んだ『クルアーンを読む』始め、イスラームに関する本を数冊読んで学んだことを復習しつつ、クルアーン解釈の方法の多様性などに圧倒されました。

もともと先達によるクルアーン解釈やクルアーンが啓示された契機の知識には慎重に距離を置くスタンスです。

信憑性の高いものだけを、鵜呑みにすることなく役立ちうる知識としてストックしていくものの、それらはアッラーの言葉ではなく、預言者の言葉でもありません。

史実と言われるものさえ、ある時代のある人間(たち)が、ある立場からある出来事を定義づけているに過ぎません。

100%の正しさが保障されることは現世においてはあり得ないことであり、与えられた能力・環境・情報などを駆使し、できる限りの解釈をし、あとは審判の日の主宰者であるアッラーに委ねる以外に選択肢はありません

ただ今回、クルアーン解釈や啓示の契機などに自分があまりにも無知であったことに気がつき、また、自分の知っている範囲の外側にどれだけ膨大な情報があるのかという一端に触れ、圧倒されました。

また同時に、啓示の契機や多様な解釈に触れることで、よりクルアーンについて理解を深める契機が得られることも感じました。

常に自分の知識の外側と向き合う必要があり、常に「わからない」状態で読み続ける必要があり、「わかった」というごまかしに陥らないことが大切とも感じました。

『クルアーン入門』を読み始める前に、過去に読んだ『イスラーム入門』も読み返しましたが、この本の序文で書かれていることに常に立ち返り、傲慢な自意識に惑わされることなく、今後もイスラームについて学んでいきたいと思いました。

ムスリムであることと、イスラームを理解していることはイコールではありません。ムスリムであるからといって、イスラームの教えを正しく体現しているとは限らず、ましてやイスラームを体現していることにはなりません。誤りを侵さずイスラームを正しく知る無謬な存在は預言者だけであるというのがスンナ派の合意事項です。

…私たちに本当にイスラームが理解できる、と思うのは間違いです。私たちは自分が理解できることを理解するだけなのです。そしてそれで構わないのです。

──中田考『イスラーム入門』(序)

『クルアーン入門』にも『イスラーム入門』にもタイトルに「入門」という言葉が使われていますが、「わからない」ということを知り、「わからない(完全にわかることはありえない)」ことを前提とした上で、学び続けることが必要であると感じ、それこそが自分にとっての「入門」の意味であると思いました。

.الحمد لله

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